この記事は、北海学園大学・川村雅則ゼミナール発行『学校で労働法 ・ 労働組合を学ぶ札幌地域労組に聞いてみよう労働組合ってどうすごいんですか?2018』の内容の一部を転載させて頂き、全3回に渡り紹介する企画の第1回目です。

この記事では札幌地域労組が最近扱った、職場トラブルの事例を紹介します。そして、今回紹介するのは、パワハラの相談で、サービス業で働く40代の女性管理職の事例です。

川村雅則教授のウェブサイトはこちら icon-external-link 

転載元『学校で労働法 ・ 労働組合を学ぶ札幌地域労組に聞いてみよう労働組合ってどうすごいんですか?2018』のダウンロードはこちら icon-external-link 

違法行為の片棒をかつがされる?―サービス業で働く女性の事例

皆さんは、建築構造物の耐震偽装や食品の安全などを偽装した事件をご存じですか。

企業による不祥事として社会問題になった事件ですが、仮に皆さんがそういう違法行為の片棒を担がされそうになったらどうしますか。

引き受けなければ首になってしまうかもしれない、でも、引き受けたら警察に逮捕されてしまうかもしれない。非常に困りますよね。

 この件は、そういう危ない橋を渡らされそうになった労働者からの相談を解決した事例です。

ことの性質上、詳細には話せないのですが、この会社では、彼女に店舗の責任者を任せようとした。一般的には、店舗の責任者を任せられるなんて嬉しいことですよね。

でも彼女は、以前の経験から、これは犯罪の片棒を担がされることだとわかるわけですよ。

もし違法が発覚したら自分が捕まってしまうと悟るわけです。新聞にも載るし、前科一犯になりますから、世間体も当然よくない。

だから、自分にはできません、と断ったところ、じゃあお前を降格すると言われて、給料もがっつり下げられることになった。

彼女は優秀だったので、待遇は良くてまずまずの賃金をもらっていた。

しかし、この件で社長である俺の言うことを聞けないなら賃下げだと、とても生活できないくらいに賃金を下げられ、嫌がらせが始まりました。

こんな、警察に逮捕されてしまうような仕事への配置自体が不当な命令で、断るには正当な理由がある。明らかなパワーハラスメントです。私たちの組合への駆け込み相談で、個人加盟の組合員になってもらいました。

内容証明郵便で交渉を申し入れる

さっそく内容証明郵便を送ることにしました。

内容証明郵便というのは、書類を出したことを郵便局が証明するもので、相手方が無視した場合にはこれを裁判の証拠資料にするという意味で出すものです。

つまり、裁判を前提に対応しているのだと相手方に伝える意図があります。

書面の具体的な内容は、あなたの会社の〇〇さんが組合に加盟したので、この人の労働条件について団体交渉を求める権利を我々は有しています、この書面の到着から何日以内―たいていは1週間以内ですが―に連絡をください、というものです。

ほとんどの経営者は、放っておけば大変なことになるぞと考えて、組合の要求を認めるかどうかは別として、連絡はしてきます。書類を見ました、いつ交渉しますか、という感じで。

株式会社 ■■■■■■■■■
代表取締役 ■■■■ ■■■■様

札幌市北区北6条西7丁目
自治労会館3階
札幌管理職ユニオン
委員長 小林幸一

申 入 書

 当組合は労働組合法上の法内組合です。この度、貴社が雇用する■■氏が当組合に個人加盟したことを通知します。

したがいまして当組合は貴社に対し■■氏の労働条件の一切について、団体交渉を求める権利を有しております。

つきましては下記の交渉事項について、速やかに団体交渉を開催することを申し入れます。団体交渉の開催場所は、当組合の会議室とし、開催日時については本件を担当する副委員長・鈴木(電話番号・・・-・・・-・・・・)と予め調整のうえ決定願います。

なお、本書面到達日から7日以内に何ら連絡をいただけない場合は、団体交渉拒否(不当労働行為)と判断します。

当組合は、あくまでも話し合いによる円満な解決を目指していますが、誠意ある対応がない場合は法的措置を講ずることを予め通知します。

労働組合との対応に不安がある場合は、労使問題に精通した弁護士に相談されることをお薦めします。

1. 交渉窓口の確認
今後、本件については当組合が交渉を担います。使用者が本件交渉事項に関し、■■氏と直接交渉することは、当組合の団体交渉権を侵害する不当労働行為となるので避けて下さい。

2. 交渉資料の提示
貴社は従業員を10名以上雇用しており、就業規則の作成および周知義務があるところ、これを怠っています。つきましては団体交渉資料として就業規則(諸規程含む)を当組合に提示してください。作成していない場合は、当組合と協議し作成すること。

3. パワーハラスメントへの謝罪
本年・・月・・日、貴社の●●社長は■■氏に対し「店長能力のある人なので○○○の店舗管理責任者をやってもらいたい」旨述べた。これに対し■■氏は「自分には、できない。怖い。リスクは背負えない」旨返答した。
その後、貴社は■■氏に降格や賃金の不利益変更の話を持ち出すなどの嫌がらせを続けた。そのことが原因で、■■氏はメンタルヘルス不調に陥った。このことについて次を要求する。

(1) ■■氏に対する不当な業務命令の事実、それを断ったことに対する嫌がらせの事実は貴社によるパワーハラスメントと言わざるを得ない。このことについて誠実に謝罪すること。

(2) ■■氏は、メンタルヘルスの病について「一か月間の自宅療養が必要」と診断され、その旨を本年・・月・・日に貴社に届け出て現在欠勤している。ついては、メンタルヘルスが治癒するまでの間、休職を認めること。また、その間の賃金を補償すること。

4. 未払い賃金の請求
貴社は、■■氏に対する時間外割増賃金および深夜割増賃金について、一部未払いがあります。ついては、当組合と協議の上清算すること。
なお、この事実は労働基準法第37条に違反することは明らかであり、貴社に誠意ある対応が見られない場合は、労働基準法違反事件として所轄の監督機関へ刑事告発することを予め通知します。

注:趣旨を変えない範囲で変更を加えた。

本人との直接のやりとりは許さずに労働者を守る

 ここで大事なのが、交渉窓口の確認です。

今後本件につきましては当組合が交渉を担います、使用者が本件交渉に関し○○さんと直接交渉することは、当組合の担当を侵害する不当労働行為になります、と伝えます。

不当労働行為とは、大学の授業で学んでいると思いますが、労働組合法で禁止されている行為で、使用者に対する規制です。

この件で言えば、団体交渉権は組合だけが持っているのですから、僕らが交渉を申し入れた以上は、社長と本人が直接やり取りしてはならない、と伝えているのです。

このことは、当事者にすごく安心感を与える効果を持ちます。

考えてみて下さい。会社からパワハラを受けて、その上に、今度は会社に対して組合が要求を突きつけた、ということですから、当事者はびくびくして会社に行かざるを得ない。

一体自分はどうなるんだろうと普通であれば思うわけです。社長に呼び出されるんじゃないかと。

ところがそんなことはなくて、この人に指一本触れるんじゃない、社長が直接口をきくのは許さないぞ、申し入れ書でこうしてくぎを刺すわけです。

そうすると会社のほうがビビッて逆に何も言ってこれない。本人が「おはようございます」と普通に出勤しても、会社は、不当労働行為だと訴えられるのをおそれて何も口にできない。

こうして、弱い立場にある労働者をしっかり守るわけです。

就業規則の開示を求める

交渉に先立って情報が必要ですから、交渉資料の提示を求めました。

この会社は従業員がだいたい30 ~ 40人はいます。10人以上の労働者を雇用する場合、就業規則を作成し周知をすることが労働基準法で義務付けられています。

ちなみにここでいう労働者とは、正社員だけではなく、皆さんたちのようなアルバイトもカウントされますからね。

そして、これも当然のことながら皆さんは就業規則の適用対象でもありますからね。ところが、たいていは就業規則がなかったり、あっても労働者には見せてない。社長の机にしまってある。

そうすると周知義務は果たされていないことになる。見せてくれと言ってくれれば見せてあげたのに、とか言う経営者がいますが、普通は、見せて欲しいと言ったら、何に使うんだって突っ込みが入りますよね。

労働者がそこまで覚悟するのは難しいです。でも私たち組合が言えば、向こうは出さざるを得ない。団体交渉の要求事項ですから断れないんですね。

パワハラ行為に対する真摯な謝罪を求める

そしてパワーハラスメントへの謝罪を要求しました。

ここがメインです。社長は○○さんに対して、パワハラを行った。当事者はそのことで、文字通り、もう夜も寝られなくなるわけです。

 想像してみてください。会社を首になったらどうやって生活していこうかという不安な思いを。

この方は、病弱なお母さんと二人暮らしで、今時珍しいのですが社宅に入っているんですよ。会社を首になれば、社宅も出なければならなくなる。

文字通り、路頭に迷うことになる。そんなこと考えていたら、夜も眠れなくなりますよ。

実際私は、心療内科の受診を勧めて、休職をしたほうがいいという診断書をお医者さんに出してもらいました。

賃金未払いには刑事罰が課される

それから未払い賃金の請求をしました。

この会社では、閉店した後にも翌日の準備をしたり、いろいろな仕事があって、深夜遅くまで働いたりもするらしいのですが、その分の賃金が全然払われていなかった。

 管理職にしているから払わなくていいんだという説明を受けていたようですが、それは嘘です。世間でも、管理職だから残業代を支払わないというケースはよくありますが、かなり高い地位にある管理職の場合に限られます。

正確には、管理監督者と言います。自分の裁量で早くに帰ったり遅くに出勤したりすることができる、そのぐらい高い地位にある人でない限り、残業手当は支払わなければなりません。

労働基準法の37条で、8時間を超えたら割増賃金を支払え、休日に出勤したら割増賃金を支払え、と定められています。

しかもこの場合は罰則があります。6か月以下の懲役または30万円以下の罰金という刑事罰がついているんです。

ですから我々も、会社がもしも払わないときは労働基準法違反として、労働基準監督署に刑事告発しますと通告します。これは使用者側にしてみればプレッシャーになると思います。

団体交渉で問題を解決する

団体交渉当日。社長と部長がこちらに座って、私と当事者の女性がそちらに座って、「社長どうですか?私どもの要求書を読んでくれましたか?」と話を切り出します。

私がまず言ったのは、この人はもう体を壊していますから会社は退職せざるを得ない。

ですから退職はするけれども、会社側はパワハラを行ったことに対する非を認めることと、一定の慰謝料―――我々の場合は「解決金」と言いますけれども、それをこれくらい払ってくださいと主張しました。

 冗談じゃない、こんなに払えるかという反応を示す会社もありますが、今回は、全てわかりましたと社長が回答しました。

ですから10分か15分で話はつきました。通常は、値段の折り合いをつけるのに時間がかかることも少なくないので、私もちょっと驚きましたが、このケースでは、半年から10か月くらいの賃金分を解決金として 支払うということで合意しました。

和 解 協 定 書

株式会社■■■■(以下「会社」という)と札幌管理職ユニオン(以下「組合」という)は、■■の労働問題に関して下記の通り合意する。

1、合意解約
会社と■■は、本年・・月・・日をもって労働契約を合意解約する。

2、パワーハラスメントへの謝罪
会社は、■■に対する一連の言動について、パワーハラスメントであったことを認め謝罪する。

3、離職票の確認
■■に関する雇用保険被保険者離職票(様式第6号)の離職理由は次のとおりとする。事業主からの働き掛けによる―(1)「希望退職又は退職勧奨」―の欄を適用する。

4、解決金の支払
会社は組合に対し、本件紛争の解決金として金■■蔓円(■■万円)を支払う。

5、債権債務の確認
会社と組合および■■は、上記第1項から第4項までの履行をもって、一切の債権債務がないことを確認する。

以 上

自己都合退職か会社都合退職かで離職後の生活保障は大きく異なる

重要なのは、離職票の確認です。一定の条件を満たせば、労使による負担で雇用保険に加入ができます。これが失業したときの生活保障となります。

労働者は退職をすると職業安定所に行って離職票を出すわけですが、そこには、どういう理由で会社を辞めたかが書かれています。自己都合で退職したのか、会社側の都合で辞めたのか。これによって雇用保険の受給期間が違ってきます。

まずそもそも自己都合の場合ですと、3か月間待機をさせられます。あなたの都合で辞めたんでしょ、ペナルティです、となるわけです。

ところが会社側に背中を押されて辞めた場合には、すぐ翌日から雇用保険の対象となります。

辞めた理由で扱いが全く異なるのです。しかも、自己都合の場合は、給付期間も短いです。ですから彼女の場合も、離職票はちゃん とこういう内容で書いてくださいと会社に厳命しました。

そうしておかないと会社は、こいつが勝手に辞めたんだとそこに丸を付けて、後でもめるパターンが多いですからね。

今回は、合意解約といって、クビでも自主退職でもなく、お互いの合意で退職するということを確認しました。「希望退職又は退職勧奨の欄を適用する」という文言です。

最後に債権債務の確認、これにて一件落着

最後には、「債権債務の確認」をします。会社が解決金を振り込んだ段階で会社と我々との間には一切の債権債務はなくなり、問題は解決したというかたちをとる。

こう明記することで会社の側も一定の安心感をもつわけですよ。これでトラブルがようやく解決した、後から何か言われることはない、と。

もちろん我々の側としても、問題が解決した以上、会社とは何のかかわりももつ必要はないわけです。

 ということで、第1回目はここまでです。いかがでしたか? このように労働組合が入ることによって劇的に状況が変わります。

 職場の問題やトラブルがあったときは、まずはご相談ください。

パワハラ撃退(第2回目) icon-external-link 

パワハラ撃退(第3回目) icon-external-link